ドイツを理解する手立てと方法

ドイツは、他の絶対主義国家と対比すると、多くの領邦君主が存在します。

これは、ドイツでの伝統として、今日にも、継承されているようです。

もっとも、オットー大帝が即位する事で、神聖ローマ帝国(サクソニア朝)が成立します。

オットー大帝の父は、サクソニア(ザクセン)家のハインリヒ1世(ドイツ国王919年から936年)です。

そして、帝位は、フランコニア家の血統を継承するロートリンゲン公コンラードの直系の曽孫コンラード2世(1024年から1039年。サリ家)が継承します。

オットー大帝の玄孫が、コンラード2世です。

その後、ホーエンスタウェン家のスワビア公の王子コンラード3世(1138年から1152年)に継承されて、さらに、スワビア公フリードリヒの王子フリードリヒ1世(赤髯。1152年から1190年)が即位します。

それから、ウェルフ家から帝位を向い入れる事もありましたが、コンラード4世(1250年から1254年。フリードリヒ1世赤髯の直系の曽孫)を最後に、「大空位時代」となります。

この後に即位するのが、ルドルフ1世(1273年から1291年)です。

ルドルフ1世は、ハプスブルグ家です。

ルドルフ1世の5世であるアルプレヒト2世(皇帝1438年から1439年。ハンガリー王1437年、ボヘミア王1438年)から、帝位はハプスブルグ家の世襲となります。

アルプレヒト2世の皇后は、エリザベタ皇后です。

すなわち、皇帝ジギスムント(1411年から1437年。ルクセンブルグ家(伯爵))の皇女です。

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